デス・オーバチュア
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暗黒の国ブラック。 無法の国、犯罪国家、悪党の巣窟とも呼ばれる国。 神聖王国ホワイトが聖職者や敬虔な信者が集まって生まれた国ならば、その対極を成すブラックは犯罪者達が集まって生まれた国だ。 他国でどれだけの罪を犯そうと、ブラックに入りさえすればその罪で裁かれることはない。 その代わり、弱肉強食で無法なこの国で生き抜くことは並大抵のことではないが。 人権どころか、生命の安全の保証すら一切存在しない、無法の国、そこで頼りになるのは自らの力だけだ。 ブラックにはしっかりとした王制は存在しない。 一応王も、王城も存在するが、その瞬間、もっとも力のある者が王を名乗り、その城に住んでいる……ただそれだけのことだ。 血統による王位継承が行われることもなければ、天寿を全うした王すら存在しない。 もっとも長くて三年、最短なら三日とたたず打倒され、王は常に入れ替わり続けるのだ。 黒の中の黒の城。 すなわちブラックという国の首都の王城で、二人の黒ずくめの男が向き合っていた。 「六国の首都を同士襲撃? 世界征服でもする気か、ファントムが?」 面白い冗談でも聞いたといった感じで、漆黒の豪奢な衣装の男は笑う。 男はこの城の主、すなわちこの国の王だった。 「世界征服という言葉はホントにマヌケですよね。もっとも、例え中央大陸全てを手に入れたとしても、世界のたったの五分の一を征服できたかどうかといったところですが」 王と向き合っているのは、神父のような黒ずくめの格好をした長身で細身の男。 ファントム十大天使が第二位コクマ・ラツィエルである。 「世界の五分の一の支配か……それすら成せた者はいないな。この中央大陸千年の歴史上……大陸統一どころか、他国を支配することに成功した国すら存在しない。千年間続いた七国同士の不毛な睨み合いと独自発展……それを誰もが当たり前のように、この先も永遠に続くことでもあるかのように錯覚している」 「バランス・オブ・パワー。今の七国は不自然なまでにバランスが取れています」 「それを崩すというのか、貴様らが?」 コクマは答える代わりに、口元に微笑を浮かべた。 「今まで、援助、取引、いろいろと便宜もはかってもらって感謝していますよ。無論、打算、利益あってのことでしょうが」 「……なんだ、急に?」 「いえ、今言っておかないと、お礼を言う機会を永遠に逃がすと思いましたので……楽しかったですよ、悪党同士の馴れ合い……」 コクマは懐から黒いステッキを取り出す。 「ですが、あなた方と私達では決定的に違うところがあります」 「ほう?」 「あなた方は利益、すなわち欲望のために罪を犯す、悪を成すことをいとわない。ですが、私達は利益……支配にも略奪にも興味はない。私達の望みは、欲望は……復讐という名の愚かな想いだけです」 コクマはステッキを床につけると、己の周りに円を描く。 「いっさいの打算なき、純粋な怒りや復讐心のために動くと?」 「ええ、ファントムに集まった大半の者の願いは大きくわけて二つ。一つは、自由を、自分達が幸せに生きられる世界を作ること。もう一つは、自分達に不自由をしいた者に、世界に復讐することです」 「それで、征服するのではなく、六国全てを滅ぼすと?……愚かな……」 「ええ、ホントに愚かですね」 コクマは杖で自らを包み込む円の中心をつついた。 「そうそう、一つだけ誤解を訂正しておきます。襲撃するのは六国ではなく七国です」 「なっ!?」 「では、これで失礼します。さようなら、無法の国の王よ、あなたのことはどちらかというと好きでしたよ」 円から吹き出した光に溶け込むように、コクマの姿が掻き消える。 「……ん?」 突然、全ての明かりが消えた。 真昼がいきなり深夜に転じたかのように。 その怪現象に対する疑問が、王の最後の思考だった。 ブラックの首都が一望できる崖の上、そこにDは立っていた。 ついさっき、ブラックの王城に何が起きたのか、それを理解できたのはその現象を起こした張本人であるDだけだろう。 首都から王城だけが無くなっていた。 王城があったはずの場所には、代わりに巨大な『手形』がある。 丁度手のような形で大地がえぐり取られていたのだ。 「……ふむ?」 Dは己の手の感覚でも確かめるかのように、右手を握ったり、開いたりしている。 「いやあ、ホントお見事でしたよ、あなたの闇の手は」 拍手の音と共に、Dの背後にコクマが出現した。 Dは無言でコクマの方を振り返ると、右手を突き出した。 次の瞬間、コクマの眼前に、コクマよりも巨大な黒い『手』が出現する。 Dの右手を握り締める動作と連動するように、黒い手がコクマを包み込んだ。 「……で、この手で握り潰された物はどこへ行くのですか?」 黒い手に包み込まれたはずのコクマが大木にもたれかかっている。 「さあ? 興味がおありでしたら、かわしたりせずに、素直に握り潰されてみてはいかがですか?」 「慎んで遠慮させていただきますよ」 「そうですか? 気が変わられたらいつでも言ってくださいね」 そう言うと、Dはもうコクマには興味を無くしたかのように、崖の下の首都に視線を向けた。 王城をえぐり取った巨大な手の跡。 やろうと思えば、王城だけでなく首都を丸ごと握り潰すことも容易だった。 ただそれではあまりに味気ない。 「では、残りを片づけてきます。この国はわたくしに任せて、他の国の方の監視と指揮をしてください、指揮官様」 Dは微笑を浮かべると、崖から飛び降りた。 少しだけ戯れをしてみよう。 首都の中央に降り立ったDは、右掌の上に黒い球体を出現させた。 Dが軽く右手首を振ると、黒い球体は弾丸のように飛び、通行人の一人に接触する。 直後、闇の球体と共に通行人は跡形もなく消し飛んだ。 「首都を全て闇に呑み込むのが一番楽ですが、それでは少々つまらないですね」 Dの周りに次々と闇の球体が生まれていく。 「ですので、遊戯をしましょう。もし、わたくしに誰かがかすり傷一つでも付けられたら貴方方の勝ち。もっとも、わたくしの闇の弾幕をくぐり抜けることができたらですが……」 無数の闇の球体がDの周りを取り巻いていた。 「では、遊戯開始ですわ」 一方的な宣言。 誰かが返事を、反応を示すよりも速く、闇の球体が無差別な殺戮を開始した。 修行僧の国イエロー。 ホワイトのように唯一絶対の『神』を信仰するのではなく、東方の信仰である万物に宿る無数の神々を信仰する僧侶達が集まって生まれた国である。 ホワイトや西方の信仰する聖十字教(旧教)や救世主教(新教)の僧侶と区別するため、彼等は坊主とも呼ばれていた。 彼等の最大の特徴は、西方の僧侶と違い、武術を、特に素手による格闘術を習得、極めるために精進を続けることを教義にしていることである。 彼等はイエローの険しい山脈地帯で修練を繰り返すうちに、いつのまにか信仰を拡げることよりも、己を鍛えることに夢中になっていった。 その結果、彼等は聖職者というより武術家と呼ばれるようになっていく。 イエローは今では拳法の国、格闘の聖地と呼ばれるようになり、信仰ではなく武術を学ぶために訪れる者、住み着く者が増えていき、独自の文化を発展させていた。 「がはははははははははははははっ!」 洗練された武術が、圧倒的で純粋な暴力によって駆逐されていく。 ゲブラーの拳が一度放たれる度に、数人の僧侶が粉砕され、肉塊と化していった。 「ハンデだ、俺様は得物を使わないが、お前らは何を使ってもいいぜっ! ていうか寧ろ使いやがれ、弱すぎて退屈だぜ!」 ゲブラーは一人の僧侶の腹を右拳で貫きながら宣言する。 さらに、左の裏拳が別の僧侶の頭を跡形もなく粉砕した。 ゲブラーの殺戮の行進は続く。 立ちはだかる僧侶達を草か何かを薙ぎ払うかのように容易く殺し散らしていった。 「図に乗るな、化物!」 一人の僧侶の両手の掌がゲブラーの胸に叩きつけられる。 「鎧を着ていても無駄だ。我が……」 「けっ!」 ゲブラーの右手の掌が僧侶の左胸に打ち込まれた。 僧侶の目から耳から口から勢いよく血が噴き出す。 「浸透勁(しんとうけい)だったか? 内側から内蔵を破壊する……せけぇ技だ」 その僧侶は、目や耳や口から血を流してはいるものの今までの僧侶と比べたら肉体への損傷は殆どない、にも関わらず僧侶は絶命していた。 「今、貴様、勁(けい)を?」 「けっ……」 ゲブラーは、疑問の声を上げた僧侶の胸にそっと右掌を添える。 あまりに力の感じられないゆっくりとした動作だったせいか、僧侶は逆に回避しそこねてしまった。 「しっ……」 僧侶は一瞬後の己の運命を察する、そしてその通りの運命が訪れる。 「勁ってのはこいつのことかよ!」 ゲブラーの右足が激しく地面を踏み込んだ瞬間、僧侶が風船か何かのように『破裂』した。 「こいつが抖勁(とうけい)だったか? 足が地を蹴る反発力を身体内部を通して打ち出す勁、靠勁(こうけい)に体軸の回転を加えた……で良かったかよ?」 ゲブラーは別の僧侶にフレンドリーな感じに確認をとる。 「……き……貴様、どこでその技術を……」 「あん? 別にこんなもん技術って程のものじゃないだろう? 一度でも見れば簡単に真似できらあ。俺様の部下にもてめえらの言う勁だかってのを得意な奴がいるしな」 「……誰が貴様の部下だ……」 ゲブラーと会話していた僧侶の左胸から突然、手が生えてきた。 いや、正確に言うなら、僧侶の背後に突然出現した顔上半分を仮面で隠した黒衣の男が僧侶の左胸を右手の手刀で貫いていたのである。 「なんだよ、ホド、俺様の獲物を横取りするんじぇねえよ」 「……ちまちまと殺している貴様が悪い。二、三人ずつではなく、二、三十人ずつ殺せ……こういう風に」 ホドは右手を僧侶の左胸から引き抜いくと、手刀を横に振った。 空を切り裂く音が響く。 次の瞬間、密集していた全ての僧侶達の体が上半身と下半身の二つに分かれていた。 「あああっ! てめえ、なんて勿体ない殺し方しやがるっ!」 「……私に横取りされたくないなら、貴様もさっさと殺せ……時間の無駄だ」 「ちっ、解ったよ」 ゲブラーは舌打ちすると、右拳を腰の位置に引き絞る。 「どらああああああああああっ!」 ゲブラーは少し離れた位置からこちらを警戒していた僧侶の集団に向けて右拳を突き出した。 大気が弾ける。 次の瞬間、僧侶達が全員跡形もなく弾け飛んだ。 「……そう、それでいい……」 ホドは手刀で僧侶を次々に斬殺と刺殺していく。 「……化物……」 僧侶の一人が呟いた。 完全に戦意を失っている。 いや、その僧侶だけではない、殆どの僧侶がすでに戦意を完全に失っていた。 化物という言葉すら役不足に思える本物の化物。 拳の一撃で数人を纏めて殴り殺す……それでも充分化物に思えたが、それでもまだ戦って戦えないことはないと僧侶達は思っていた。 だが、拳や手刀で数十人を直接触れずに消し飛ばす、切り捨てる。 ここまでくるともはや、戦うだけ無駄にしか思えなかった。 無駄どころか、恐怖を、そして絶望を感じる。 厳しい修行の末、消し去ったはずの弱い感情が次々に蘇ってきた。 聖職者としての、武術家としての自負も誇りも全てが絶対的な恐怖に呑み込まれていく。 その恐怖に耐えかねたのか、僧侶の一人が逃げ出した。 それを合図にするかのように、僧侶達は次々に逃げ出していく。 「恥も外聞もなくか……」 ホドは逃げ出す僧侶の集団に向かって跳躍した。 「……螺旋勁(らせんけい)……」 ホドは回転させた手刀を突き出す。 手刀を中心に生み出された大気の渦が僧侶達を引き寄せ……『空間』ごと無惨に螺旋切(ねじき)った。 「さて……ここは任せるぞ、ゲブラー」 ホドは呟くように言うと、ゲブラーの返事も待たずに、現れた時と同じように唐突に姿を消し去る。 「けっ、任せるも何ももうここには獲物は一匹も残っていねえじゃねえかよ」 ゲブラーの視界内には生きた人間は一人も残っていなかった。 この場に残っているのはついさっきまで人間だった肉片と肉塊だけである。 「逃げ出した獲物をまとめて殺っちまいやがって……しゃあねえ、新しい獲物を探すか」 ゲブラーは新しい獲物を求めて、イエロー山脈の奥地へと姿を消していった。 一言感想板 一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。 |